夏さ、また。

日々のことを、だらだら書いてるだけです。

眼鏡の弔い

朝起きたら、枕元で眼鏡が死んでいた。正しくは、つるがぽっきり折れていた。

 

小学3年生からずっと眼鏡をかけているが、眼鏡との別れは視力の低下が主な原因だったし、眼鏡がないと生活ができないほどの視力なので、丁重に扱ってきたつもりである。

 

でも眼鏡は死んだ。この春からコンタクトを毎日つけるようになり寝る前しかつける時間はなかったから特段ダメージもないが、ちょっと落ち込む。というか、かなり焦る。

 

落下した。踏んだ。これならなんとなく理解ができる。物理的なダメージに弱いことを知っている。ただ、私の眼鏡は布団に横たえていた。死ぬ時に布団の上で死にたいと言うが、枕の横の小さなスペースで、眼鏡は穏やかに天寿を全うした。

 

強近視と乱視のハイブリッド。一番上の記号すら見えなくなって久しい。曽祖母と祖母は失明し、母と叔母は白内障。全員が厚いビン底眼鏡を愛用し、目を病んだ。女に眼病が多い一族の生まれである。無人島に一つ持って行くならばと聞かれたら、迷わず眼鏡を選んできた人生である。

 

私の目は、一重の中では大きいと言われる。ただ、分厚いレンズが屈折して、私の目を小さくするのだ。美醜が人間としての価値を大きく決める10代の頃、この特性は私を辱めた。一周回って、メガネのつけ外すことで大きさを変える事が一発芸になった。後に、ケントデリカットと同じことをしていると知る。先代は偉大だ。

 

そんな恨みの方が強いが、ないと生きていけない相手。眼鏡が死んだ。ネットで調べると、近所に眼鏡屋はなく。今日は歯医者と映画に行く予定だったので、買いに行くタイミングは20時以降しかない。

 

選択肢はない。行くしかない。どうせ、眼鏡を注文しても、私が欲しいレンズは取り寄せになる。ちょうど大学生の頃に使っていた黒縁眼鏡も持っているし、日中もコンタクトだ。生活には支障がない。ただ、急に大地震があって、コンタクトが手に入らなくなったら死ぬしかない。その安心のために、眼鏡が早く必要なのだ。

 

眼鏡は、自分の役割は終わったと思ったのだろう。東京で洒落づいて、毎日コンタクトをつけて鏡の前でニコニコしてる人間には、自分なんぞいらないと思ったのだろう。それは眼鏡の都合である。冗談ではない。私は眼鏡がないと、日常をまともに送れるかどうか不安で仕方ないのだ。壊れなければずっと隣にいてくれる。潤いとは無縁の、半永久的な相棒だった眼鏡が必要なのだ。

 

ただ、そんな思いは元気なうちに伝えておくべきである。横たえた、物言わぬ姿になってからでは遅いのだ。

 

おお、眼鏡よ。JINSで6千円で買った眼鏡よ。お店の人に聞いたら、メガネの寿命は2年と言う。大往生じゃないか。おしゃれになりたくて丸眼鏡を買おうとしたら、「のび太に近しい」と言う評価を得てしまい、買うのに時間がかかった眼鏡よ。私のレンズの厚さが酷く、はみ出てしまって虫眼鏡のようになっていた眼鏡よ。

 

いい生活だったんじゃないか。お役目御免と言いたそうな、あっさりとした引き際。なんだか寂しいよ。どうか、成仏しておくれ。

 

 

そして、私はルミネでちょっとオシャレな眼鏡を買った。どうやら寝ててもかけてていいらしく、つるの部分が柔らかくて、ブラウンな見た目がスタイリッシュな眼鏡だ。ファッショナブルな友人立ち会いの元、店員さんのおすすめでもある。お墨付きだ。

 

新しい眼鏡が来たら、もう思い出すことは無いのだろう。最後にひとつ、燃えるゴミか燃えないゴミかを教えておくれ。

 

 

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合掌。