彼が北海道へ出張に行くというので、強制的に早起きするイベントが発生した。せっかくなので1時間早く職場に行って、早く帰ろう。それならば、久しぶりに国立西洋美術館へ行こう。モネの絵が飾られてる部屋に座って、視界を好きな絵画だけ目にいれようと思った。人間というものに疲れていた。
先日、山田五郎さんが亡くなったニュースが飛び込んだ。母親がぶらぶら美術館のファンだった。その流れで私もYouTubeを見始めた。昔から美術館や博物館は好きだったけど、作家を深堀したことはなくて。昔買った気に入った作品のポストカードを引っ張り出しては、この絵を書いた人はこんな人だったんだ~と思った。新しい描き方が生まれて、真似して憧れて発展して、大河のような美術史の中に流行と廃れがあることを知った。
知っている画家が増えて、改めて美術館に行くと視点が変わる。生で絵を見るのが一番いいのだけれど、知識に補完された状態で鑑賞すると、もっとじっくり見てしまう。美しいものを見に行くだけじゃなくて、答え合わせをするように絵画を眺めて、納得する作業の楽しさを知った。
近年、父親が癌で死んだこともあり、山田五郎さんが病気を公表してからは動画を見ることが出来なかった。癌の種類は違えど、闘病が長くなるほど人は衰弱する。衰えて弱ることが一番わかるのは、ふっくらしていた人が痩せるのだ。余った皮が首に張り付いて、亀のようになる。怪我が治りにくくなるのか皮膚が縮むのか、染みが濃くなり、青黒い皮膚が浮腫んで緩む。頬骨が突き出て痩けた横顔でタバコの煙を吐く姿を覚えている。
痩せていく人を見ることができなくて、サムネだけ見て遠のけていた。もっと見ておけばよかったと後悔しながら、改めて動画をみた。ご報告を見て、山田五郎さんがキリスト教徒だと知った。亡くなることを帰天というらしい。天国に帰るから、帰天。今頃、好きだった作家に取材をしているかもと話されていた。
天国。フランダースの犬でネロはルーベンスの絵を見るために教会に向かって息絶えた。あの後、大人になってルーベンスの絵だと言われる絵画に近づいたら、ルーベンス工房作って書いてあり、工房というシステムを知った。話がそれた。別に弔うために動いた訳ではない。何となく国立西洋美術館の常設展に行こうと思った。
日本で一番西洋絵画が集まっていると思われる場所。一番沢山の作家の絵画が展示されてるであろう場所。今、急に明日世界が終わるぜって言われたら、もちろん大切な人に会いたいと思う。それが出来ないと制限がかけられたら、法もモラルもない最後の日に、私は国立西洋美術館のモネの間で電話をしたいと思った。凪のようなモネの睡蓮を眺めていたら、ゆっくり眠るように終わってくれるんじゃないかと。
それは幼い頃八甲田山近くの湿地で見た、広く平たく緑と青の地平線の中に寝転ぶような、清々しい気持ちにさせてくれるだろう。行ったことがない尾瀬も、突き抜けた空と足元に生い茂る小さな草花が輝いているという。穏やかな風景に人は心を奪われて集まると聞く。
モネの絵画は、光を操る。特に丸みを帯びた陽光に溢れた絵は、時の流れをゆっくりにさせてくれる。あの場所こそ、天国に近い。
外はゲリラ豪雨で、これから出かけようと思う人はいないだろう。フレックス制万歳と会社を後にし、電車に飛び乗った。帰り際にやってきてトラブルに腹が立つし、あまりに私が返信しなくてもいいグループチャットが鳴るので社用の携帯の電源を切った。行かない飲み会の待ち合わせとかどうでもいい。私は会社の人間にすり潰された、か弱い心を回復させるんだ。
チケット代を払う度、500円で見れるのはバグだろうと思う。人もまばらの夜間開館という贅沢な空間を、500円で買っていいんですか。国立西洋美術館の作品を2、3点東京の外へに持っていったら、特別展として長蛇の列を生むだろう。
日本人は期間限定に弱いので、特別展が大好きだ。宗教観がごちゃまぜの国民性のため、キリスト教の知識が必要になるルネサンスあたりの人気も乏しい。そこら辺の知識なく見れる印象派の人気がダントツなのも頷ける。私も印象派が好きだ。だからこそ、常設展は宝の山だ。ゴッホ、モネ、セザンヌ、ルノワール、マネ、ドガ、シニャック等…。クリムトだってある。スマブラ並の豪華さなのに混んでいない。
秋の特別展でやあゴッホを見に行こうと意気揚々と向かっても、話題の展覧会はコロナ後に予約が必要になった。その上、たくさんの人に囲まれて、おしくらまんじゅう状態で絵画に向き合うのは果たして正解なのか。絵画は、部屋に飾るものだ。ゆったりとした空間で、窓の代わりに置きたい家具でもある。
その上、撮影可の作品には、写真を撮るために手を伸ばす人が群がる。その絵はSNSにアップしたあと見返すのか?と聞きたくなる。でもコレクターもそうだが一時の虚栄心を満たすのも、芸術の魔術だ。価値あるものに、人は集まる。
私は、自分が作家になった気持ちで、製作途中の視点を持って近くで絵を見たい。意外に大きいタッチなのね、どんだけ色を混ぜてぼやかしたんだろうと最前列で見たい。その後、この絵が飾られた場所を想像する。金持ちの別荘、恩人の私室、作家のアトリエを想像する。広い空間で静かに座って見たい。ちょっと離れた場所から、調和された画面を眺めたい。色んな角度から、ぼんやり見たい。鑑賞している人の反応を見たり、絵画の前で目を瞑る贅沢を味わいたい。
空いている館内をすいすい歩く。別に順番通りに見なくたっていい。疲れてヘトヘトの脳みそで見たら色褪せてしまうかもしれないから、一番最初に見てしまおう。特別展はストーリーを重視した構成が多い。ここの常設展もイコン画から年代順に並んでいる。でも何回も来ているのだから、自由に歩かせて頂く。後でまた最初に戻るから。

人の少ないモネの間へ。目に飛び込んできたのは、損傷が酷いモネの睡蓮だった。このままコレクションとして展示されているのも、博物館が教育機関としての側面があることを教えてくれているようで好きだ。

穏やかな湖面に白い蓮の花。最初期の睡蓮の絵だ。最初の睡蓮と晩年の睡蓮を並べて見ることができる贅沢な時間。夕暮というより、早朝の朝靄を思い出す。漢字だとゴツイ、あさもや。山から裾のような霧が降りてきて、新聞配達のエンジン音が聞こえる時間帯。つけっぱなしで寝た動画を止めたり、ラジオを消して、予定起床時間まで何をしようかと天井を見つめたあの時間帯。お盆の祖父母の家なら、仏間で寝ていると知らない先祖の遺影と目が合うから、必死に目を閉じてやり過ごしたなあ。
今年はモネの没後100年に当たるため、国立西洋美術館所蔵のモネの絵が全て展示室 されているとの事。大盤振る舞いだ。

ソファに座る。360度モネの絵だけの空間が生まれる。昔行ったオランジュリー美術館の円形の展示室を思い出す。モネの絵に囲まれた素敵な場所だった。10年後も、場所は違えどモネの絵に囲まれている。小さなことだけど、とても幸せなことだと思う。柔らかな光に溢れた絵を前に、雲の流れを想像しながらぼんやりする時間が好きだ。

ここからは展示室で撮った写真たちと、簡単な説明になります。この絵は見る度に一番美味しそうな静物画と呼んでます。レモンとか切り方がオシャレすぎ。高そうなBARの入口とかにあったら、フレッシュジュースを期待しちゃう。
私に知識がないためテーマを調べての鑑賞で忙しかった。絵を見る、ソファで検索する、また絵の前に立つのを繰り返す。
今回の鑑賞時間の間に検索した履歴を見てみたら「フランドル派」「ゲッセマネの祈り」「ユディト」「聖カタリナ」「車裂きの刑」「サロメ」「アントニエッタ・ゴンザレス」「ヘラクレスとオンファレ」「哲学者クラーテス」「聖プラクセディス」だった。謎を謎のまま放置したくなかった気合いを感じる。

モネの並木道。道の絵は国語の教科書に乗ってた思い出。あれは東山魁夷だったかな。岸田劉生の道の絵も暖かい季節の鮮やかな色合いと道のゴツゴツしている感じを覚えている。それに比べて、モネの絵は道より並木が中心だ。遠くの風景はあえて書かないが、果てしない感じは似ている。しかしずっと広く感じるのは、画面が道よりも空間、並木と空が絵のほとんどを締めてるからか、空の高さに夏を思う。
私はこの道を見ると、青森を思い出す。山間にあるりんご畑で遊んだ帰り、叔母の軽トラの荷台に乗せられて、向こうの山にある家に帰る途中だ。山と山の間が開けて、小さな里が除く時がちょうどこんな感じだった。
こんなに木々も高くないのだが、小学生の私にとっては、木は化け物みたいにおどろおどろしく、知らない道は闇だった。個人のコカコーラの看板と、交差点に揃えて植えられたベゴニアの赤い花を見るとほっと安心した。その始まりは、木々の合間から見えた、赤や青のトタンの屋根だった。

お馴染みのモネの睡蓮。美術が好きな母親にLINEしたら、大きさは?と聞かれた。私の身長よりは大きいという、参考にならない答えを返した。

気に入ったゴーギャンの少女の絵。警戒を解かないままこちらを一瞥する少女たちの表情は、むしろ自然体だ。睨みつける絵といえば、奈良美智の絵を思う。もっとデフォルメされていて、いじらしいけど。なんかずっと青森の話をしてますね。いつか行きたい、青森県立美術館。白くて大きい犬を見たい。
大人がこの絵の視線を他者に向けたら、ぶつかりおじさんの癇癪に当てられそう。少女だから許される可憐さがある。大人だっていじけたいし、睨みたいし、腹が立つことが多い。でも表情にも態度にも出さない矜持がある。
先輩が、若い子にどうでもいいような質問をされた時に「私は昨日の一件で機嫌が悪い」と宣言していた。その一件に若い子は一切関係がないのだが、機嫌が悪いという自己開示の強さにビビった。即座に無敵の人の爆誕である。自己開示した私に何か言うのはおかしいし、私に攻撃されても受け入れろという謎の正当性を帯びていた。近くで働いてて怖かったので、やっぱ心の底にいじけた心は隠した方がいい。無条件に手を差し伸べ貰えるのは少女まで。

クリムトの絵があって嬉しい。大好き。クリムトといえば黄金の背景にエロティックな表情の女の人が頭に浮かぶが、この絵はリズミカルな大小の波が大きなタッチで描かれている。近くほど大きく、遠いほど細かいので、奥行きが感じられて素敵だ。きっと波も穏やかなんだろう。
色合いは違うけれど、福田平八郎の漣と似ている法則性がある。手前に近いほど光が大きく、奥に行くほどタッチが密になる。海と湖面で場所は違うが、違う国で水面をずっと見続けた2人が同じような書き方にたどり着くのが面白い。
福田平八郎の漣は、2023年に国立近代美術館で行われた 重要文化財の秘密という展覧会で知った。そこからずっと好きなのだが、この記事を書くまで共通点に気づかなかった。後でポストカードを隣合って飾ろうと思う。
必要な情報だけ検索して得ることができるタイパの時代に、ふらっと知らない作品に会うことができる偶然性が気に入っている。たまたま知った、行ってみたら楽しかった。そんな余裕が、人を許せる心の余白に繋がると思う。自分の好きな物だけを見て、信じて、視野を狭めると排他的になる。他の人の考えもいいね、あなたの好きな物はなんですか、それはとっても素敵な事ね。と言える人が多い方が、争いが消えると信じている。

静謐という言葉が似合う、ハンマースホイのイラスト。無機質なインテリアに囲まれた部屋で、妻がピアノを弾いている。グッズショップで聞いたら、人気すぎてポストカードは売り切れていた。せっかくだから持って帰りたくて、マグネットを買った。
ハンマースホイの絵が好きな友人がいたのだが、彼女の男関係で色々あり、疎遠になってしまった。20代前半の私は心が狭く、己の心を守るためにどんどん友達が減っていった。それは過酷な前職の労働のせいでうつ病になったからと言えば終わりだが、逃げである。私は沢山の人と連絡を取らなくなり、傷つけて逃げた。過程と事実は消えない。
ハンマースホイの絵を見ると、苦い気持ちになる。もっと仲良くできたはずなのにという気持ちと、友情の賞味期限だったんだよという自己防衛。大人になって友達を作る難しさを痛感すると、学生時代の友人を大切にしておきなさいって過去の自分を殴りたくなるが、そこに固執せず一人に慣れろよって激励もしたくなる。
彼女を通して初めて知ったハンマースホイという画家。静かな生活の一瞬を切り取った絵で、ポストカードを部屋に飾ったらお洒落な感じになるだろう。それなのに私の心は、海馬に刻まれた様々な許されないことや後悔や苦悩を引っ張り出して、再放送してぐちゃぐちゃになる。なので買ったマグネットは会社に置いておこう。会社も嫌な場所なので。

帰りに外で見た地獄の門。青の祓魔師を見てたので、ゲヘナゲートだー!って毎回ちょっと盛り上がる。女の子がダブルピースで写真を撮ってた。地獄の門で平和を願う。おめでたいとか言う人もいるかもしれないけど、本当に平和でいい日だなって。

帰ってきました。今回の常設展のモネの橋の絵と、昔買ったナショナル・ギャラリー収蔵のモネのポストカードがそっくりだったので並べてみました。モネはロンドンに旅行に行って、ウォータールー橋を沢山書いたらしい。wikiで調べたら、アメリカの美術館が所蔵している作品が多かった。舞台になったイギリスの美術館は0だ。アメリカは新しい国だから、新しい美術に抵抗がなかったのかな。

今回購入したポストカードを壁に貼る。なんか斜めになったので、今度ちゃんと貼ろう。右にあるモネが書いた赤い花の絵が好きです。

目で見た絵しか買わないというルールによって集められたポストカードの山。家にいる時は視界に好きな物しか入れたくないと、ひっつき虫という粘土で貼り続けたコレクションも乱雑だとちょっと怖いね。大学生の時から変わらないので、家に遊びに来る友人たちは「増えた?」って慣れた様子。この前は「マツケンwww好きだっけ??」と笑われた。貰い物です。
そろそろストーカーごっこやプロファイリングごっこができるぐらい増えてきた。整理するか、いっそ壁を全部埋めちゃおうか迷うね。
天国を味わおうかと出かけたけど、過去の思い出や後悔をどんどん思い出して、でも素敵な絵にも出会えて。心はアップダウンを繰り返してのたうち回ったあと、謎の達成感がある。残ったのは生の実感。出会って別れて、悲しんで喜んで。慌ててるうちに歳を重ねる。小さいループと大きなループを繰り返して、いつか死ぬんだろう。
生きていたら、素敵は絵にまた出会える。まずは中年になるまで、大原美術館へ行こう。待ってろ倉敷。小さな目標が生まれました。




















































































