夏さ、また。

日々のことを、だらだら書いてるだけです。

8月に初めて内定が出た女の話②

 

私は今、新幹線に乗っています。帰りの新幹線です。東京て友人と待ち合わせて舞台を見に行って、ついでに日本近代文学館江戸東京博物館に行ってきました。日本近代文学館では今、太宰治の特別展をしていました。

 

6月、新幹線、東京、そして太宰治。これらのキーワードには、何一ついい思い出はありません。それらを上書き保存させようと、楽しい思い出に変えようと、東京に向かった次第です。楽しかった。明日仕事行きたくない。

 

さて、これは私が就活期で一番辛かった時の話です。陰鬱で、惨めで、死にたくなった話です。

 

就活自殺ってのは社会人にとっては馬鹿な若者の話かもしれません。考えすぎで努力を怠った若者の報いだと考えられてるかもしれません。小さなことでくよくよ悩む愚かな奴だと思われてるかもしれません。けれども、当の本人にとってはそれしか楽になる手段が思いつかないんです。孤独な就職活動は、今までの人生の成果発表。内定がない人間は、世間に必要とされない烙印を押されたも同然なんです。

 

記憶力が余りないので、全編を通してうろ覚えです。すみません。

前回の続きになります。

 

 

①最高の御社

 

相変わらず内定はありませんでした。ただ、一つだけ大手の書類が通りました。そして6月の面接解禁の前に、女性だけが呼ばれる説明会に呼ばれることになりました。(そこで高学歴の人間は、大手企業から担当がついて情報を貰ったり、面接が免除になるという就活の裏工作というものが存在することを知りました。)

 

ここが凄い。だって説明会なのに往復の新幹線代が満額で出た。凄い。びっくりした。そして働いてる人達生き生きとしていた。もう光に当てられてしまって、眩しくて、憧れてしまったのです。場所も東京の一等地。好きな服を着て、好きに考えて仕事ができる。輝いた場所を、知ってしまいました。

 

そこから必死でした。ここに入れば楽しい人生が待ってる。夢だった東京の一人暮らしが出来る。何より、人に自慢ができる。私が今まで孤独に就活を頑張ったことが報われる。企業研究を進め、もう一度自己分析をし、活動的な自分をアピールしよう。自分が地方下位大学で甘んじる人材ではないと、証明出来る最大のチャンスでした。

 

当時の私は変にプライドが高かったのです。地方で就活をして、適当に決める人間は自分の将来をどう考えているんだと下に見ていました。高校の偏差値が高くなかったので、地元の私大に入った友人達を、計画性がないと馬鹿にしていました。東京で就職しないで、2~3個エントリーシートを書いて何となく就職を決めた友人を、今に見てろと後悔しやがれと笑っていました。

 

だから就活の相談は誰にもできませんでした。下に見ているものに相談して、いったいどうなるんでしょう。私の苦しみは私にしかわからないし、努力は必ず報われる。大学受験も学校の成績がドベだったのに、トップまで上り詰めて合格したじゃないか。自分はできる人間だ。最後に勝つ人間だと思い込んで、就職活動をしていました。

 

見返したかったのです。容姿にすぐれてない私は、結婚で人生を転換させることはないでしょう。そんな私を補償してくれるのは、学歴であり、大手企業の内定でした。今思い返すと、私はどうしようもなく東京病であり、大手病でした。マウントを取らないと、自分に自信が持てない器の小さい人間だったのです。

 

6月1日、虎ノ門で面接でした。2人組で行われた面接。隣の子は東大の院生でした。人生で初めて東大生を見ました。存在するんですね。そして相手の志望理由の強さに、太刀打ち出来ないと諦めました。呆気ない夢でした。帰りに声をかけて近くのカフェで2時間ぐらい話したら、楽〇に内定持ってるけど、TOEIC何点持ってないと内定取り消しになるから大変~って聞いて、あまりの世界の違いに泡吹いてました。

 

ショックの大きさにめまいを起こしながら、新幹線でトンボ帰りしました。しんどかったので、サッポロ黒ラベル500mlを飲みながら実家に帰ったのが20時。親にダメだったと笑ったのが21時。そして電話が鳴ったのは22時でした。

 

「明日来て欲しい」

 

面接突破の連絡です。今思うと夜22時に突然連絡出す御社やばいな。私は喜びました。始めて東京で面接を通過したのだから。直ぐに新幹線のチケットをとりました。母親いわく「大学に受かった以来の喜びだった」とのこと。次の日、私は東京に向かいました。夢がまだ、続くのです。

 

次の面接は個人面接でした。絶対内定を獲ろうと決意しました。私はここに合っているから呼ばれている。私は東京にふさわしい人間だと証明できる。

 

「あなたはこの会社にいない方がいい」

 

夢は、呆気なく潰えました。

 

面接は自分にとって良い事だったのは間違いありません。私のやりたいことをヒアリングしてくれて、私の将来を同じ目線で考えてくれました。「あなたはベンチャーとかで、己の道を切り開く方が向いている」と、今までの就職活動の話も聞いてくれました。私を案じてくれました。なので、ああ落ちたなと思いながらも、優しい御社だなって思いました。それは今も変わっていません。短い夢は、幸せでした。

 

実家に帰りました。一週間後、落ちた連絡が来ました。私に残ったものは、企業研究で染み付いてしまった喫煙という現実逃避方法だけでした。

 

②6月の就活事情

 

ここから、おかしくなりました。

 

大手の就職活動が終了した6月第2週ぐらいから、めっきり就活生が減ります。そして募集する企業も減ります。残るのは人手不足の業界と、よく分からない新しい会社か中小企業だけです。

 

ついでにもっと恐ろしいのは、街にいる就活生はほとんど女子だけです。電車でも説明会でも、女子の数が圧倒的に多いのです。女性にとっての就職活動は、まだ平等ではないんだなと分かります。私達は、女性というだけで渋られ、爪弾きにされてるのでしょう。悲しいものです。

 

大手企業内定者がツイッターにどんどん現れ、同い年なのに就職活動の相談をやり始めます。俺の時はこうだった、こうすればいいと上から目線で語ってきます。大手企業の内定者は偉いのでしょうか。何故、彼らは自分の内定をひけらかして、内定の無いものを探し出しては手を差し伸べる、救世主ごっこにせいをだすのでしょうか。私生活で自己肯定感を得ることが無いからだと、今となったら分かりますが、当時は彼らと自分を比較して劣等感で胃がジクジク痛みました。

 

(余談ですが私は人事垢というのも就活生の頃から大嫌いでした。彼らは人事になっただけで、別に神様でもなんでもありません。なのに人事と就活生という選ぶ側と選ばれる側という立場上、人事は就活生にあれこれ一方的にいう権利があると錯覚します。私たち就活生は人事の事情が知りたいので、彼らを慕うしか選択肢がありません。こうしてフェアではない関係が生まれます。特に人事垢が自分自身に求心力があると錯覚していて振舞ってるのを見るのが嫌でした。あとなんでアカウント名に人事って入れるんですかね。そんなに若者に囲まれたいんですかね。文句終わり。)

 

 

ここら辺から、睡眠時間中も夢の中で面接を受けるようになりました。夜行バスに乗る頻度がさらに増え、受ける会社も増え、落ちる会社も増えました。寝ると、明日がきてしまいます。明日が来ると、私はまた内定が無いまま、認められないまま死人のように生きねばなりません。寝るのが、怖くなりました。時の経過が、恐ろしくてたまりません。

 

煙草を吸う本数が増えました。レッドブルと煙草とウィダーしか口内に入らない日が多くなりました。当時はピースのスーパーライトを愛用してました。吸うと頭がボーとするので、就活の不安から逃げることが出来ましたし、短い夢を思い出すことが出来ました。私はあの企業の一次面接が受かった人間だと、プライドがギリギリで保てました。

 

親から6月には大学生のほとんどが内定があると言われます。テレビでは、売り手市場という言葉が流れます。売り手市場で全く買い手のつかない私は、不良品なのでしょうね。かといって返品手続きもどうやったらいいのか分からないので、前に進むしかありません。

 

面接を受けます。落ちます。書類を書きます。落ちます。面接に行きます。褒められます。落ちます。一次試験が、突破できません。誰も私のどこが悪いのか教えてくれません。自分でも分かりません。だって面接では褒められるのですから。

 

「とても行動力がある人だ」「物事をちゃんと考えている」「君はもっと良い会社を受けた方が良い」「ここよりいい場所がある」「不採用」

 

中小企業を受けると、ここは君に相応しくないと言われます。もっと大きなフィールドで働いて欲しいと。そして大手を受けると、私は不採用を貰うのです。私は、どこで受け取って貰えるのでしょうか。私の居場所はどこなのでしょうか。

 

ある包装用紙の会社の人事と面接を重ねるごとに仲良くなりました。最終面接の前に、面談をしようと言われました。そこで言われたことは「正直君はこの会社に入って潰れて欲しくない」と言われました。やさしさだと分かったので、そのまま今までの就職活動の相談をしたのです。新卒はハキハキとしていて、将来のビジョンを持ってるのがよいのではないか。大手を受けても受からない。不安で仕方がない。何が悪いんだろうか。

 

人事の人は言いました。

 

有機栽培さんは悪くない。君は行動的で、自分の意見を持っている。だから、上司は不安になるんだ。君を制御できるかどうか。だから保守的な業界は落とされてしまう。相性の問題だよ。」

 

ベンチャーとかなら、きっとすぐに内定が出る。だからそっちに行くべきだ」

 

 

 

ありがとうございますと言って、会社を後にしました。

 

私は結婚をしないであろう人間です。リスクは嫌いな人間です。新しいことを切り開くのが苦手な人間です。安定を求め、潰れない会社を探し、保守的な思考を持った人間です。目立つことは好きではありません。

けど、社会はそれを許してくれない。私の経歴はどうしようもなくベンチャー向きで、自分の志望する業界とは壊滅的に相性が悪かった。

 

もう6月も終わります。これから新しい業界を受けて内定は貰えるのでしょうか。今までの私はなんだったのでしょうか。自分が働きたくない業界を受けて、幸せになれるのでしょうか。それは私の人生と言えるのでしょうか。

 

私が知っている私と、世間が認識する私。そのズレが、就活最盛期である6月に牙を剥きました。でも時間は戻りませんし、やり直したいなら人生をやり直すしか方法はないのだと、なんとなく悟りました。一生この乖離と、付き合っていかねばならないと。でも、履歴書と私の印象が一貫しないと企業には落ちる。就活生として最大の欠陥を抱えていたのです。

 

東京に行く回数が増えました。現実を受け入れたくなくて、考えたくなかった。書類を書いて、試験を受けて、面接に言って、書類を書いて、落ちます。お金が無いので、親に金の無心をします。酒を飲んでタバコを吸います。間違っています。でもこれらを繰り返すしか、今の自分が持ってる解決法はありませんでした。自分を受け入れてくれる企業を探さないと、私のことを誰も必要としてくれないから。必要とされたくて、認められたくて、辛かった。

 

就活垢に誰にも言えない不満をぶつけて、不安を吐露して、それを自分で読んで落ち込んで。でも全国には内定のない人がいる。私の周りにはいないけど、全国にはいるんだ。そう思うのも限界でした。

 

友達と親の期待を裏切りたくなかった。みんなの考えた私を裏切りたくなかった。私の自尊心を裏切りたくなかった。就活が楽勝だと思われる自分像を壊したくなかった。その思いだけで、身体が動いていました。

 

 

ある日、実家の方の企業を受けに家に帰りました。面接を終えて駅まで父親に送ってもらおうと車に乗れば、車内には電子タバコがありました。そう言えば6月はじめの御社を受ける際、企業研究で知り得た電子タバコの知識を父親に話したことを思い出しました。

 

父は、私がその会社に受かると思っていたのでしょうか。だから買ったのでしょうか。どんな思いで、今まで使ったことも無い電子タバコを買ったのでしょうか。もうその企業に入るチャンスはありません。現実が、ひたひたと喉を締め付けて、息ができません。期待を裏切った形が、私の現実が、後悔の塊がそこにありました。

 

死にたくなって、その企業の掲示板に書き込みました。内定を持っているその企業の人達は励まします。心の余裕と良心が、私の心を刺してきます。惨めさに拍車がかかって、見るのをやめました。

 

 

なんのために、私は就職活動をしているのでしょうか。

 

 

③2018年6月18日

 

この日、東京にいました。午前中に説明会と面接がセット、そして午後にもう1つ面接があったのです。

 

午前の企業は不思議でした。説明会を就職エージェントに委託しており、場所もそのエージェントの社内でした。そのためか、説明会前に宣伝が入ります。

 

「いつでも相談にのりますので、一度連絡してください」

 

説明会終わりに登録用紙を渡されたので、ここで無記入だと落とされそうだなと思って提出しました。面接突破を人質に取られたら、NNTはなんだってやります。

 

午後の面接はズタボロでした。ちょっと思い出せませんが、とにかく落ち込みました。心も身体も限界がきていて、とりあえず内定が欲しくてたまりません。内定があれば自信がついて、これからの面接を堂々と受けることが可能になるのでは?と考えたのです。

 

その時、ちょうど今日午前とは違う五反田にあるエージェントでマッチングイベントをやっていることを思い出しました。今から行くと遅れてしまうので、「途中参加でも良いですか?」と連絡すると快諾されました。希望がつながりました。

 

五反田のビルにつき、受付で話をしました。

「途中参加の連絡をしたものです……」

「はい?」

 

話が通っていませんでした。大人達が困惑して目の前で慌てています。少し待っててくださいと言われて座りますが、歓迎されていないオーラが伝わってきます。大人がこっちを迷惑そうに見ます。親にも、大学の教授にも迷惑をかけて、とうとう初対面の人にも迷惑をかけました。迷惑をかける人間は、存在しない方が良い。そして、エージェントにすら断られたことがショックでした。涙が出てきました。

 

建物を出ました。止められましたが、振り切りました。彼らにとって商売道具である就活生としての価値が、私にはなかったのです。フラフラタリーズコーヒーに行って、気分転換に甘い飲み物を飲みました。履歴書は書かないといけませんから、ペンを握ります。涙が止まりません。紙が滲んで、これじゃ提出できません。持ち駒がゼロの私は、履歴書を書かないと就活生としての存在を証明できません。

 

 

限界でした。

 

 

 

そんな時に、午前中のエージェントを思い出しました。藁にもすがる思いで連絡を取ると、面談をしてくれるといいます。もう誰にでもいいから褒めてもらいたかった。就職活動頑張ってるねって。保証して欲しかった。あなたにはきっと内定が出るよと。必死の思いで、赤坂見附に向かいました。

 

ここから少し記憶がありません。面談最初に午前中の面接を褒められました。そして、就職活動の軸を問われました。上手く答えられません。溜息が聞こえます。なにか質問されます。上手く答えられません。こっちも仕事だから、時間の無駄と言われます。涙が出てきました。無理やりLINEを交換させられました。嗚咽が出ます。心が壊れました。私は、誰にも受け入れられません。会う人みんなに迷惑をかける。不必要な人間だったのです。気づかないフリをしていた現実を、とうとう知ってしまいました。自分は、自分が思ってるほど有能で無いし、人として価値が無い、いてもいなくてもどうでもいい人間だと。

 

あっちが面倒くさそうにティッシュを差し出しましたが、受け取らなかったのが私の最後のプライドです。自己を否定されたら、もうダメでした。頭が真っ白になりました。気がついたら外にいて、天気は土砂降りで、夜でした。

 

特にあてもありません。疲れました。涙が止まりませんし、傘も持っていません。止まると不審に思われるかなと思い、夜の東京をふらふらと歩きました。もうどうでもよいのです。このまま夜行に乗れなくても、誰も気にしませんから。

 

止まない雨の中を歩いていたら、お年を召したおじさんが声をかけてきました。

 

「スーツが汚れるし、風邪ひくよ」

「そうですね」

「傘持ってないのかい?コンビニまで一緒に行こう。おじさんもそっちに用があるんだ」

 

面倒くさくて、振り切ろうとしてもおじさんは着いてきて、コンビニのレジで私が傘を買うまで見張っていました。

 

おじさんは自分の話を勝手にし始めました。自分は四国から来た職人で、近くにある政府が作った工芸関係の建物に呼ばれて、今デモンストレーションをしている。宿がこっちなんだ。君はどこから来たんだい?風邪をひくから傘はささないとダメだよ。就活生か、若いね。

 

今思うと、このおじさんがいなかったら大変なことになってたなって分かります。東京で孤独だと思っていた私は、同じく単身地方から出てきたおじさんと話して、少し安心しました。久しぶりに、良心しかない人に会えました。命の恩人その1です。

 

おじさんと別れて、あてもなく歩きます。急に孤独になったら、また涙が溢れてきました。東京の嫌なところは、どこにでも人がいて街灯が爛々と照らしてくるところです。逃げるように、人気のない方へ向かいました。

 

すると建物すら無くなり、自然が増えてきました。東京にこんな所あるのかと、前方を見ました。

 

遠くにそびえ立つ六本木ヒルズらしきものが見えます。確かに都心です。ここは、青山霊園でした。

 

ずっと思っていた死という文字が、はっきりと頭に浮かびました。社会から必要とされず、誰にでも迷惑をかける私は、死んだ方が良いのではないかと。

 

当時私は奨学金を400万円ほど借りていました。死ぬと、払わなくて良いと知っていました。私の命と400万円、天秤にかけると明白でした。価値があるのは400万円です。このまま下手に給与の低い会社に就職して身体を壊したりしたら、莫大なお金がかかります。これ以上私に対する出費を増やす前に、さっさと死んだ方が家計の助けになるでしょう。

 

もう、初対面の人にいらないと言われ続ける生活もイヤになりました。どんなに頑張っても結果が出ない。お祈りされる度に、私は死んでいきます。なので肉体が死んだところで、特に変わることもないだろうと。むしろ痛覚や、疲労、心の痛みから解放された方が、健康です。死人は働かなくてすみますし、いたましく思われて同情してくれます。今より、よっぽど私は1人じゃないんです。親は悲しみますが、兄がいたのでスペアはいます。今年の春に犬が死んだので、会えたらこの上ない幸せです。

 

「就職活動は恋愛と似ていて、ずっと駄目でも突然自分にぴったりの企業が見つかるから、あきらめちゃだめだよ」っと誰かが言っていたのを思い出します。この時50社ほど落ちていた私は、いつになったら自分に合う企業に会えるのでしょうか。漠然と、もうないんじゃないかと思いました。私にはこの就活が終わるとは思えません。内定がもらえない私が就活をやめるためには、人生を終わらせることが最適解に思えました。

 

 

周りが墓だらけでなので、死体に囲まれながらそんなことを考えて一人立っていました。紐とかないかなって植え込みを見たら何も無くて、スーツの上着で首を締めればどうにかなるかなってちょっと考えました。たまに通るタクシーの明かりに照らされる度に、ビクビクしました。気持ちは犯罪者です。己を殺めるのだから。

 

その時、何故かふと朝に見たニュースを思い出しました。面接の時事問題対策に何気なく見たニュースには、太宰治の死体の発見日が明日だと書いてあったのです。

 

今死んだら、私は太宰治のファンが後追い自殺したみたいになるんじゃないかなって、ふと思いました。人間失格は何度も読みましたが、死人の愛読書と解釈されたらいやです。せめて司馬遼太郎燃えよ剣にしてくれ。

 

とにかく太宰ファンの自殺と思われたはありません。どうせなら、私は就活に殺された被害者を気取りたいし、その方向性で世間に訴えをかけた方が命の賭けがいがあります。マスコミは私の死後に何を拾って何を言うか分かりません。そんなふうに報道されたら、死んだことを後悔しそうでした。

 

大真面目に考えました。なんかどうでもよくなりました。馬鹿らしくなって、そのまま歩いて、地下鉄に乗って、夜行バスにのって、下宿に帰りました。

 

 

 ④2018年6月19日

 

早朝に家に着いて、やる気も起きなくて寝てました。衝動的に死ぬのをやめましたが、もう何もする気がおきません。指の1本も動かないので、今の自分の価値をもう一度見つめ直すことにしました。

 

夕方、私は駅の観光案内所にいました。結果的に、やっぱ遅かれ早かれ死ぬのだから、太宰とか関係なしに死ぬことにしました。どうせなら死ぬ前にやりたいことをやって、悔いなく死のうと。私は温泉宿で豪勢なご飯を食べたかったのです。

 

しかし夕方5時。宿はとれてもご飯はついてきません。仕方ないので、公共交通機関でいける温泉の場所を聞いて、その場を後にしました。観光案内所にも、宿にも振られました。

 

なんとなく本屋に行って、人間失格を買いました。好きな本なので何かの縁だと最後に読むことにしました。

 

今週には死ぬ人間です。金なぞあっても仕方がなかったので、駅に近くの人気な高級回転寿司屋で五千円分の寿司を食べて、日本酒を飲みました。旬ではなかったけど、気になってたのどぐろを食べました。

 

今週中には、いや明日には死ぬ予定なのです。気持ちは今頃温泉宿だったので、そのまま教えて貰った日帰り温泉に行きました。気持ちの良い湯です。休憩室に荒川アンダーザブリッジがあって、完結してたのに驚いて一気読みしました。普段は使わないマッサージチェアに課金しました。

 

珍しく親から電話がかかってきました。何個か会話して、切りました。

 

気になっていたバーに行きました。タバコを吸いながら、一番好きなブルームーンを飲んで、一心不乱に人間失格を読みました。私より追い詰められて、私より可愛そうで、どこか似てた人の話でした。

 

終電を逃したので、歩いて家を帰りました。大きな川に架かった長い橋を渡って、音楽も聞かずにただただ歩きました。家に帰って、寝ました。

 

起きました。次の日です。履歴書を書いて、郵送しました。

 

 

 

 

馬鹿らしくなって、死ぬのは一旦やめました。

 

 

⑤今だから分かる、伝えたいこと

 

6月が一番辛い。だから覚悟して欲しい。追い詰められるし、自分の価値はすり減って行く。落ち続けるし、内定は貰えない。どんなに頑張っても、結果はでない。周りと比べて劣等感に潰されそうになる。就職活動は自己責任だ。落ち続けるのは誰のせいではなく、自分だけが悪いのだ。そして、社会に必要されないと感じて、孤独になって、プライドが邪魔だから相談できなくて、もがいて、眠れなくて、不安で堪らない。これ以上辛いことはないし、死にたくなる。

 

己の命の価値を自問自答し始める。生き続けるリスクと死ぬリスクを天秤にかける。

 

そんな時は1万円を握りしめよう。東京なら物価が高いから2万円かな。

 

まず普段食べないような高い寿司屋に入る。そして好きなネタを食べて、食欲を満たす。次に大江戸温泉でも銭湯でもいいから、大きな風呂に入る。そのまま漫画喫茶に行って、気になってた漫画を読もう。そして行きたかったバーに飛び込んで酒を飲もう。別に寿司屋と風呂以外はなんでもいい。とにかく、丸一日、自分の好きなように使うんだ。好きなように、お金を使うんだ。

 

1日就職活動をしなくても、特に何も起きないから。とにかく美味しいご飯と風呂、そして憧れの場所や初めての体験をして。それでも駄目なら人間失格を読んで、己の方がマシと思いこむんた。

 

そうするとだいたいどうでもよくなる。少なくても衝動的な自殺衝動は少し落ち着く。あくまで私のケースだけれど。

 

自分たちに必要なのは就職活動から頭を切り離すこと。ほかのことを考えて、他のことの楽しさを思い出すこと。死んだら寿司食べれないな、って少しでも思うことが大切です。頭の中でずっと感じている焦燥感や、自己否定の言葉を一度止めること。脳に就活以外の風を入れ込んで換気をしてやることで、頭の中でガンガン聞こえる自己否定の言葉を抑えることができるよ。

 

就活自殺をしたいときって、逃げたいって感情がマックスになってると思うんです。だから一日、逃げましょう。誰も咎めないから。私たちはマグロじゃないから、泳ぎ続けると限界が来てしまう。だから一日休もう。でも家にいると考えが悪い方に転がっていくから、できる限り外に出て欲しいし、予定でいっぱいにして欲しい。とにかく何かに無理矢理夢中になって、一分一秒でも長く、就活と命のことを考えない時間を作るんだ。そうすると、段々落ち着くから。

 

就活って、お祈りという形で延々と自己否定をされ続ける異常な時期です。だからどんなに自分が好きだったとしても、選ばれない現実に打ちひしがれて嫌いになってしまうよね。自分が自分の味方になれなくなって、無価値な自分は死んだ方がましだと言ってくる。難しいけど、自分だけは自分に優しくいてあげてください。自分だけは、自分の可能性を信じてあげてください。どんな形でもいいから。そうするとちょっと楽になる。

 

私は自担の画像を手帳に挟んで、面接前に必ず見ていました。そしてネットで自担の名前を検索して、褒められてる記事を読んだ。褒められてる人を好きになった自分の審美眼凄いな、最高じゃんって考えた。めっちゃ無理やりである。あと自担の写真とか持っとくと、自殺したら「有機栽培は○○が好きで……」って報道されて、自担に迷惑がかかると考えることにした。これは結構効く。自分が好きになれないときは、推しの評価に縋ろう。

 

どんなに遺書に企業の悪口や就活の愚痴を書いてもね、きっと世界は変わらない。死ぬと死んだ後に干渉できないから、自分が思うように物事は進まない。だからね、就活で死ぬのはちょっと待とう。

 

人から聞いたんだけど、普通の人は「死ぬ」って発想を日常でしないらしい。だから僕たちはポケモンで言えば、状態異常なんだ。正常な判断ができていないかもしれない。「死にたい」と判断した思考も、もしかしたら「こんらん」状態で訳も分からず自分を攻撃した結果だったら、その死は惜しい。死にたいと思ったら、自分の状態と思考に疑問を持って。そしてキーのみの代わりに、高い寿司を食べよう。もしかしたらこのターンで治るかもしれない。

 

就活が終わって一か月後。居酒屋で親友に「そういえばね、就活中に死のうと思ったんだよね」と伝えたら彼女は心底動揺したらしく、酒を飲み過ぎた結果人生で初めて吐いてた。自分が死にたいって考えてるのは、案外相手に伝わらない。もしかしたらいつも明るい子も死にたがってるかもしれない。誰も誰が死にたいか察知ができない。だから状態異常になったら、もう自分で自分を救うしかないんだ。

 

自分で自分をケアしてね。就活ごときで死ぬ奴がいるのかと笑う大人を殴りながらね。私にとって就活は「ごとき」だなんて小さいものではなかった。人生でもっとも辛い時期の一つだったし、もしかしたら死んでいたかもしれない。それだけ大きな出来事だった。最大の難関であった。それは、当事者しかわからないことなんだから。

 

「NNTなのにツイッターばかりやって内定取る気あんの?」みたいな心無い質問箱もそろそろ投げかけられる時期でしょう。是非シカトして欲しい。私は就活垢の存在が心の支えでした。不安を吐露して、いいねがつく。誰かの不安を、いいねする。それだけで自分は孤独じゃないし、誰かとつながっていると思うことが出来るから。共感は、最高の自己肯定感。ネット弁慶の声は無視して、不安を吐き出していこう。私は死にたかった2日間に来た質問箱にも後押しされて、まだ生きているよ。

 

 

 

⑥おわりに

 

まとまりが無くダラダラと書いてしまって申し訳ない。あんなに辛かったと言いながら、大したことないじゃんと思われたのなら謝ります。6月は己のクソみたいな虚栄心が首を絞め、重圧に押しつぶされ、プライドのせいで弱音が吐けず爆発寸前でした。勉強はやった分成果が出るけど、就職活動はやっても落ちたらリセットだから辛いところがあります。

 

大学を卒業した後に内定が無くても平気で生きれる世の中だったら、就活に悩み苦しみ自殺する人数はぐっと減ると思います。人生に逆転劇は起きないのだから、新卒でよい会社に入らないと苦しい生活を強いられることを今の若者知っているからです。夢見る時代は終わりました。

 

私は肥大化した醜いプライドと自尊心のせいで、就活に苦しんだ女です。自業自得という言葉がお似合いです。皆さんとはきっと、考えが違うでしょう。でも、誰か少しでも共感してくれて、こんな就活生がいたと知って貰えたら幸いです。誰かの心が少しでも楽になるならば、私の就活は無駄ではなかったのでしょう。

 

結論としては、私は高い寿司と温泉、傘をさしてくれた四国のおじさん、漫画、とんでもないタイミングでやってきた親からの電話、酒、ピースのスーパーライト、そして太宰治が偶然積み重なって、死ぬのをやめました。並べてみると、キセキだし単純です。

 

次は7月と8月編でも書こうかなと思います。こんなゴミでも内定が出たんですよ。そして、就職活動が終わります。時間が空くかも知れませんが、夏までには書き終えたい所存。

 

 

 

内定がない就活生へ。

 

君は十分に頑張ってる。だから自分を責めないで、自分だけは味方でいてね。それが全てです。自分を味方につけれなさそうなら、高い寿司を食べてくれ。味方につけれたら、あなたの輝きは取り戻されて、内定が出るよ。だからあと少し、まずは履歴書を送るところから、始めてみよう。

 

死ななかった就活生    有機栽培より。

 

 

f:id:muriyada444:20190610123139j:image
f:id:muriyada444:20190610123154j:image

 

命の恩人の寿司と酒とピース。